「じいさんばあさん」(森鴎外)

さすが鴎外、長編並みの感慨深さ

「じいさんばあさん」(森鴎外)
(「阿部一族・舞姫」)新潮文庫

「じいさんばあさん」(森鴎外)
(「森鷗外全集5」)ちくま文庫

ある隠居所で
一組の老夫婦が暮らし始める。
二人は仲睦まじい中にも
互いに礼節を忘れず、
そしてつつましやかに
生活していた。
夫の名は伊織、七十二歳。
妻はるん、七十一歳。
その夫婦生活は、実は
三十七年ぶりのものであった…。

自分は三十七年間も
妻に待ってもらえるだろうか。
そう考えると愕然とします。
鷗外らしからぬほのぼのとした表題と
やや軽めの筆致で描かれた
短編小説ですが、
その情景を想像すると、
やはり印象は重くなります。

二人が結ばれたのは伊織三十歳、
るん二十九歳のときでした。
二人はすぐに
仲の良い夫婦になりました。
ところが伊織は行き違いから
同輩と刃傷沙汰を起こし、
越前丸岡に流配となるのです。
そしてるんはその後、三十数年間、
武家奉公を続けます。
やがて伊織は流配を許され、
るんと再会するのです。
その間、なんと三十七年間。
気の遠くなるような年月です。

罪を犯したとはいえ、このじいさんは、
元々立派な人だったのでしょう。
「腰などは少しも曲がっていない」
「結構な拵の両刀を挿した姿が
なかなか立派である」と描かれています。
ばあさんもまた
才のある人だったのでしょう。
「体格が好く、押し出しが立派で、
それで目から鼻に抜けるように賢く、
いつでもぼんやりして
手を明けていると云うことがない」
「眉や目の間に才気が
溢れて見える」とあります。

二人の三十七年間は、
どのようなものだったのでしょうか。
るんについては記述があります。
三十一年間、黒田家に勤め、
四代の奥方に仕えた。
勤めぶりが認められ、隠居して
終身二人扶持を貰うことになった。
給料のうちから夫の家の菩提寺に
金を納めて香華を絶やさなかった。
やはり素晴らしい女性です。
伊織については
何も書かれていませんが、
冒頭に描かれている様子から想像すると
おそらく罪を償うために、自らを律し、
自分に厳しい生活をしてきたのでは
なかろうかと思われます。

わずか十一頁(新潮文庫版)の
短篇ですが、
なぜか長編小説並みの感慨深さを
与えてくれます。
さすがは鴎外です。

あと二十年足らずで
私もこの爺さんの年齢に達します。
そのとき私たち夫婦は
こんな生活ができているかどうか…、
はなはだ心配です…、いや、
この二人に負けぬよう頑張ります。

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Susanne PälmerによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「じいさんばあさん」(森鴎外)

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